社会がドラスティックに変わりゆく今、住まいに求められる価値も変わり始めている

2020.12.26

デジタルネイティブ世代やSNSネイティブ世代と呼ばれ、情報感度の高さや社会課題への関心の高さなどもその特徴として挙げられるZ世代。近年はビジネス領域でも注目を集めている同世代のオピニオンリーダーとして、ますます活躍の幅を広げているのが株式会社arca代表の辻愛沙子さんです。本記事では、社会派クリエイティブを掲げるクリエイターであり、Z世代の一人でもある辻さんに、新型コロナウイルス影響下における若者たちの価値観の変化や、これからの新たな暮らしに求められる住まいの在り方などついてお話を伺いました。

辻 愛沙子(つじ あさこ)
株式会社arca CEO / Creative Director
社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観に拘る作品作り」の二つを軸として広告から商品プロデュースまで領域を問わず手がける越境クリエイター。リアルイベント、商品企画、ブランドプロデュースまで、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。2019年春、女性のエンパワメントやヘルスケアをテーマとした「Ladyknows」プロジェクトを発足。2019年秋より報道番組『news zero』にて水曜パートナーとしてレギュラー出演し、作り手と発信者の両軸で社会課題へのアプローチに挑戦している。

編集者の注目ポイント

①夕暮れ時の光や、だんだん暗くなっていく部屋の変化に、気分が沈むようになった。
②職住一体の住まいは、ある程度空間が細かく分かれていたほうが、効率がいい。
③住まいの中で快適に過ごすために、これまでになかった投資をする考え方が必要。
④住まい選びも、頼れるところはプロの手を借りてしまったほうがいい。

コロナウイルスが若者世代に与えた影響

──まずは辻さんご自身、コロナウイルス(以下コロナ)の影響下で、働き方や暮らし方にはどのような変化がありましたか?

私に限った話ではありませんが、緊急事態宣言前後からは、やはり多くのプロモーション企画が延期やキャンセルになりました。その一方で、仕事のオンライン化が進んだことで、これまでは物理的にお会いできなかった方々とリモートでやり取りができるようになったり、オンラインイベントに出席させていただいたりといった機会が増えましたね。そういった意味では、コロナの影響は決してネガティブサイドだけではなかったように思います。

また、コミュニケーションのカタチが変わったことも、身の回りの変化としては良かった点だと思っています。具体的には、強制的ではないコミュニケーションができるようになったということ。リモートワークの導入で個々人の物理的な距離は離れてしまいましたが、各々が等身大の状態で打ち合わせに臨めるようになったことで、以前と比べてよりフラットな関係で対話ができるようになったように感じています。例えば、ワーケーション(※)先から打ち合わせに参加する方などもいて、これまではわからなかったその方の個性が垣間見える瞬間も増えました。

※「ワーケーション」とは
ワーケーションとは、「ワーク(労働)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語。観光地やリゾート地でテレワーク(リモートワーク)を活用し、働きながら休暇をとる過ごし方。働き方改革や新型コロナウイルス感染症の流行に伴う「新しい日常」の一環として位置づけられている。

個人的な暮らしに関して言うと、必然的に家にいる時間が増えたぶん、窓から入ってくる夕暮れ時の光や、だんだんと暗くなっていく部屋の色に時間の経過を感じるようになりました。今までのように移動がなくなったぶん、一日中ぎっしりと打ち合わせが入るようになったんです。同じ姿勢で一日中PCに向かっていると、気づいたら日が暮れて部屋が暗くなっているなんてことも。そんな日々が続くうちに、日が落ちるにつれ気分が沈むようになってしまって。「自然光にも良し悪しがあるんだ」「光って重要なんだ」と理解してからは、暗くなってきたらカーテンをきちんと閉め、照明をしっかり点けるなど、暮らしの中にある光も意識するようになりましたね。

──そういった新しい働き方や新しい暮らし方が求められる世情は、辻さんを含めた若い世代の方々の価値観や考え方にも影響を与えたのではないかと思います。とりわけ、世の中が大きく変わっていくことに対する不安もあったのではないでしょうか。

自分の時間が増えた人が多い中で、誰もが「これからどう生きていったらいいんだろう」ということを改めて考えたと思います。当たり前だと思っていた前提がなくなっていく事態は、若者世代に対しても大きな不安を抱かせたはずです。それこそ、外に出ると誰もがマスクをして歩いている世界なんて、これまでは誰も想像していなかったですよね。

もちろん人によって違うので世代論で語ることは普段あまりしないのですが、あえて若者に絞ると、Z世代を含め、今の若者たちはデジタルネイティブとして生まれ、世界各国のニュースや発信が自分の手元ですぐに見られる世代です。だから社会と自分との間にボーダーが少ないと言いますか、社会を自分ごと化して捉えられる人が多い世代だと感じています。若年層の社会貢献意識が高いことも相関関係にあると思っていて。そんな世代が、コロナ禍で「絶対的なものはないんだ」ということに良くも悪くも直面する結果になりました。当たり前にあると思っていた日常ですら、いとも簡単に変わってしまった訳です。しかしその影響はきっと、これからポジティブな方向に表れてくるのではないかと私は思っています。

言い換えれば、様々なコトやモノがスクラップ&ビルドしていく今だからこそ、若者たちにとっては一念発起できる時代だということ。「これからの時代を作っていくのは自分たち自身なんだ」という考えが、若者たちの中でこれまで以上に強くなっているということでもあります。コロナの時代を生きた若者たちが、今後の社会をどのように作っていくのか。そういった意味で、2020年の影響はとても大きかったはずです。

住まいは、自分の好きな世界観や空気感を創り上げる場所へ

──より「住まい」にフォーカスしたご質問もさせていただければと思います。コロナ以降、辻さんご自身の住まいや生活空間にはどのような変化がありましたか?

以前の私にとっての住まいは、いわゆる「寝るために帰る場所」だったので、当時はWi-fiも引いていませんでした(笑)。それをコロナ以降は「職住一体の場所」にする必要があったため、イチから環境を整えていきましたね。Wi-fiを引き、机を入れ、家用のiMacを購入。その他にも、食器や美容家電などを買うようになりました。以前と比べると、家の中でどう生活するのかを重視して買い物をすることが増えた気がします。

ちなみに今は、もっと働きやすい家に住まなければいけないなと思っていて、ちょうど引越し先を探しているところです。というのも、今の住まいはパーティションで部屋を区切ることはできるのですが、ひとつにつながった部屋で、職住を区分するのには少し開放的過ぎる部分があるため。住まいを生活と仕事を両立する場所と考えた時には、広い空間がドンとあるよりも、「仕事部屋」「趣味部屋」「寝室」といったように、ある程度空間が細かく分かれていたほうが効率もいいかもという気づきは、今の生活になってから初めて得たものですね。

──辻さんのお知り合いの方でも、最近になって引越しをされたり、新たなライフスタイルを始められたりしている方は多いのでしょうか。

とても多いです。他拠点生活を始めた方もいますし、1週間の中で何日かはホテルで過ごすようになったという方もいます。中には、「同じ家賃で東京の小さなワンルームに住むくらいだったら、引越して地方都市の海の近い家に住みたい」といって、実際に引越しした方も。その他にも、郊外の古民家を自らリノベーションして住み始めた方などもいて、新しいライフスタイルとしてすごく素敵だなと思いました。

そういった新しいライフスタイルの引き金になったのはリモートワークの導入に違いありませんが、実際に行動している人たちは、住まいに対してただ過ごす場所としての価値ではなく、自分の好きな世界観や空気感などを創り上げる場所としての価値を求めるようになっているんだと思います。長い時間を過ごす住まいだからこそ、「そこでどう生きていくのか」を考えてカタチにする。そのような住まいに対する価値観は、これから先の住まい選びにおいてとても大切な要素になっていくのではないかと思っています。

──では一方で、新しいライフスタイルやワークスタイルが広がっていく中で、新たに生まれる悩みや障壁としてはどのようなことがあるとお考えですか?

職住一体という観点から言えば、私個人としては、移動時間を考える必要がなくなるぶん、スケジュールを目いっぱい入れてしまうことが最近の悩みになっています。これが想像以上に疲れるんです。違うテーマのオンラインミーティングを行き来する中で、その最中はアドレナリンが出ているので大丈夫なんですが、夜になった時の疲労感がこれまでとはまったく違う。なので、個人的な意見かもしれませんが、仕事をする空間に自らの気持ちを盛り上げてくれる何らかのアイテムを置くことも大切だと思っています。ちなみに私の自宅には、ドラえもんのフィギュアがあったり、スヌーピーのぬいぐるみが置いてあったりします(笑)

もう一点、新たな悩みとして顕在化してきたのは、同居している人同士の住まいにおける役割分担です。実際の調査結果にも出ているリモートワークでのストレスを感じる事例で言うと、例えばパートナー同士で住んでいてどちらもリモートワークだった場合に、パートナーが、「お昼ごはんまだ?」と聞いてくると。ただし、その場では自分だってリモートワークをしているので、「なぜどっちも同じように仕事をしているのに、ご飯は私だけの担当なのだ」と衝突が発生してしまうことが多いらしいんです。

つまりは、その家庭の役割分担の非対称さが顕著になってしまっているということ。この場合は、例えばオフィスが掃除をアウトソースすることがあるように、住まいにおいても一部の家事をアウトソースするという選択肢が有効だと思います。実際に、住まいの中でいかに快適に過ごすかというところで、これまでになかった投資をしていく考え方も必要になっていくのではないでしょうか。

価値観の多様化とともに、住まいの選択肢も多様化すべき

──先ほど、ご自身も引越しを検討しているというお話がありましたが、これからの住まい探しにおいて、辻さんが重視するポイントなどがあれば教えていただけますか?

一つは、時世的な意味も含めて、防災マップやハザードマップを踏まえた住まい選びはやはり重視したいと考えています。そういった条件のもと、住まい探しをするうえでとても心強い存在になるのが、住まいの情報を適切に編集して紹介してくれるキュレーション(※)サービスです。これまでは不動産情報サイトを使い自分で物件を探していたんですが、様々な物件を見比べるだけでもかなりの時間がかかってしまっていました。であれば、希望をお伝えして、候補物件のピックアップまではキュレーターの方を頼ってしまったほうが結果的に効率的だと今では思っています。

※「キュレーション」とは
キュレーションとは、インターネット上の情報を、特定の視点で収集、選別、編集することで新しい価値を持たせ、それを共有することを指す。美術館や博物館で研究などを行う学芸員や、展覧会で展示する作品の企画から運用までを請け負う職業を意味する「キュレーター(Curator)」から派生した用語とされている。

実は私自身、最初の一人暮らしの時に住まい選びを一度失敗しているんです(笑)。そもそも住まい探しのエキスパートという人の方が少ないと思いますし、ちょっと条件を変えただけで、もしかしたらもっと良い物件に出会える可能性だってあります。そう考えれば、頼れるところはプロの手を借りてしまったほうがいい。シンプルなことではありますが、これから先の住まい探しにおいてはかなり重要になるポイントではないでしょうか。

──ちなみに、これからの時代に求められる住まいという観点から、「こんなサービスがあればいいのに」と感じていらっしゃることなどはありますか?

個人的には、インテリアのサブスクリプションサービスがもっと広まればいいなと思っています。特に今は家にいる時間が長くなってしまっているので、季節感も感じづらくなってしまっている状況。そんな今だからこそ、例えばシーズンごとにインテリアを総入れ替えしてくれるようなサブスクリプション(※)型のサービスがあれば、とても素敵だと思います。

※「サブスクリプション」とは
サブスクリプションとは、定額制課金方式の一種。支払者は、商品を購入するごとに料金を支払うのではなく、一定期間(契約期間)の商品利用権として料金を支払い、契約期間中は定められた商品を自由に利用できる。スマートフォンの有料アプリ、電子書籍の読み放題サービス、音楽・動画配信サービス(ストリーミング再生)などの支払い方法はサブスクリプション方式が主流となっている。

毎月とはいかなくとも、3~4ヶ月に一回のペースでキュレーターの方に入っていただいて、一日かけて丸ごと部屋のアイテムをセレクトしていただけるパッケージプランなどがあれば、私はぜひ利用したいですね。ないしは、元からそういったパッケージプランが付いている物件などがあってもいいと思います。

──「住まい」×「サブスク」というアイデアは、これからの新しい暮らしを形作る上で一つのヒントになる気がしますね。

そもそも、賃貸物件などはある種のサブスクリプションサービスです。であれば、そのオプション的な立ち位置のサービスにも、もっと様々なカタチがあっていいと思うんです。結局は、価値観が多様化している現代において、住まいの在り方やその周辺サービスだってもっと多様化していっていいのではないかと。暮らしが固定の住まいに依存してしまうのではなく、固定の住まいの中でも暮らしにバリエーションが生まれるような仕組みやサービスが生まれていけば、これからの新しい暮らしの選択肢もより広がっていくのではないでしょうか。

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